悔しさは淋しさには勝てない  

ある情愛のポエム

 

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「始まりは全て終わりの始まり」

 

その言葉がしっくりと私の中には存在する

 

会った瞬間にこの人は私の中に入り込んでくると感じたしすぐにそうなった

 

お互いに奪い合って絡み合って無我夢中に貪り合って力尽きるまでずっと離れなかった

 

終わりが見えてたのに止めることをせずにただただ求める欲に忠実に従って、受け入れ、与え、感じ合い、なるようにるまで2人してそのままでいた

 

 

思った通りの結末で思った通りの終わり方で思った以上にあっという間だった

 

彼は

心を奪って砕いてぐしゃぐしゃにして返してきた

 

 

そうなるとわかってたように苦しみが勢いよく押し寄せてきて、悔しさが物凄い音を立てて現れ、前触れもなく悲しみが高波のように襲ってきて、過ぎ去ると底深い悲しみが流れてとまらなくなった

 

ただそれだけの毎日になった

 

 

 

ただ、わかることはあの日に戻っても私はまた彼を受け入れてこうなるとわかっていながら彼を求めてこうやって苦しむことを選ぶということ

 

 

悔しさは淋しさには勝てない

 

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ちょっと悲しいポエムをお送りしました。

受けとり方は人それぞれ。

人はどんなに苦しむとわかっていても「恋に落ちたい」と感じてしまいます。

 

“何も感じない” より “苦しみ” でも感じてた方が人は人らしくいられるのでしょうか。

 

それとも、満たされるはずの感情を感じずにはいられないのか、目の前にある快楽から目を背けて生きていく方が難しいと感じるのか。

 

 

私は苦しむとわかってる恋愛を何度でも繰り返して良いと思います。

 

もしも、心を壊されたと感じても、それは

形を変えられただけで何もなくなってはいないのです。

時間をかけながら前よりもっといい形に治せます。

 

 

 

時に、私は良い形に戻したときに、新しい感情が生まれました。

愛情にはリスクを伴うと考えれるようになったのです。

 

つまり、人を信じる時に「この人は裏切らない」と思うことはリスク回避で愛情には正しくない、と。

 

『この人になら裏切られてもいい』と思う人を探すことで、受容をしたのです。