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友達の家にお食事に呼ばれました

最近その友達は一匹の猫を飼いはじめていて

その猫はソファに座る友達の横で、お腹を見せながら寝そべっていました

友達が胸の辺りを撫でてやると、満足そうに甘えた声で鳴くのです

 

にゃ~ぉ

 

僕がすっと手を伸ばすと

猫は身体を翻し、どこかに走り去ってしまいました

 

まぁいいや

 

僕は猫の事を忘れて、友達とご飯を食べながら会話の続きを楽しみます

ふと気がつくと、また猫が見ている

 

再チャレンジ!あのもふもふをなんとしても手中に収めたい!!

 

僕が身体を起こそうとした瞬間

また猫は台所の机の下に隠れてしまいました

 

「アイコンタクトが大事だよ」

 

そんな様子を見かねた友達が言いました

 

「最初はじっと見て、徐々に瞬きの回数を増やしたり、視線を外す時間を長くするんだ」

 

友達が言うには、初対面で向かい合っている状態は緊張状態にある為に

それを解きほぐす必要があるとの事

 

なるほど

 

僕は猫を見つめながら、一度パチっと瞬きをした

すると猫もパチっと瞬きをする

 

次は2、3秒かけてゆっくり瞬きをしてみる

猫は視線を落とし、2、3秒かけて自分の前足をペロペロ舐めた後、再び僕の事を見た

 

なーるほど

 

今度は、俺とお前はファミリーだぜ、俺はお前を可愛がってるご主人の友人で

お前に危害を与えるつもりはない、こっちにくるかどうかはお前の勝手だが、来たらそのもふもふを優しく撫でてやる

 

と心で念じながら、身体をだらっと弛緩させて、視線をゆっくり外したり合わせたりしてみた

 

すると猫は僕の方に近寄ってきて、僕が差し出す軽く握った拳を舐め始めた

こうして颯斗は、もふもふを撫でる事に成功したのだ!!!

 

その時僕は思ったのです

 

猫と人間がこんな風にお互いの意思疎通ができるならば

人間同士でもできるのではないかって

 

僕ら人間のコミュニケーションは些か言語に頼り過ぎなのではないかと

 

言葉の意味ばかりを捉えようとして、その奥から照射される感情に対して

あまりに鈍感すぎるのではないかと感じたわけです

 

また、自分の感情が知らず知らずに他人の意識に流入している事も

僕らはもっと重視する必要があると思うのです

 

 

 

大事なのは空気だと思うのです

 

 

 

例えば「愛してる」とゆう言葉がありますが

人によって愛の形は違うわけです

 

 

個人個人の愛とは、その人が今までに積み上げてきた歴史、学んできた価値観

その人なりの理想、真理、全てが詰め込まれたものですよね

 

「愛してる」とゆう言葉を伝えるのって

まるで、難解な小説のタイトルだけを告げるようですよね

 

 

 

小説の中身を伝えるのは、僕らの発する空気なわけです

 

 

 

好きな人に想いを上手く伝えられず悩んでいる人へ

 

貴方の受け入れてもらえないんじゃないかという恐怖心や

自分の都合で、お相手の行動を縛りたいという所有欲は

 

実は全て伝わっています

 

お相手が意識できるか、できないかは置いておいて

本能ではそれを感じ取り、それは貴方に対する違和感に繋がります

 

逆に言ってしまえば、「愛してる」の言葉がなくても

晴れやかで、誇らしくて、温もりあるビジョンをイメージすれば

 

貴方の視線や、一挙一動から、愛をお相手に伝えることは可能なのです

 

それは同時に僕らが、愛について常に考え、それを磨いていく意識を持っていなければならないという事です

 

近藤颯斗